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痛みを斬る

歴史

ペインクリニックが最初に入ったのは東京大学医学部
1970年代から研究されていたペインクリニック
第二次世界大戦中の1945年頃から、ワシントン大学麻酔科中心に、疼痛治療に神経ブロックを活用するペインクリニックが開設されるようになりました。

日本では昭和40年前後から、一部の大学麻酔科でペインクリニックが注目されはじめ、神経ブロックが行われるようになり、昭和50年頃から疼痛に対する世界的な関心の高まりのなかで、飛躍的に普及し始めました。

ペインクリニックを歴史的にみると「神経ブロック法を主体として、疼痛性疾患を中心に治療を行う臨床部門」と定義されています。しかし現在では、神経ブロック以外にも色々な疼痛治療手段が開発されており、それらを効果的に組み合わせて世界的に普及しました。

日本にペインクリニックがアメリカから最初に入ってきたのは1965年前後、東京大学医学部の麻酔科でした。そこで痛みの「疼痛外来」という分野が設立されました。日本で初めて痛みの治療という分野に産声が上がりました。

最初に扱ったのは東京大学の山村教授で、私を担当した兵頭教授(資料参照)と研究者としての仲間でした。京都大学の外科に在籍していた兵頭教授が本格的にペインクリニックの研究始めたのは1970年代でした。

こうして、単独で独立した形態を持ちながら、初めて痛みの治療という分野の研究が始まりました。これまでは患者の痛みを考えず「とにかく病気だけを治しましょう」という姿勢で痛みの治療は二の次に扱われていました。「まあ、痛み止めでも打っておけばいいだろ」という考え方ですから、麻酔が切れた後の患者は七転八倒の苦しみの中に置かれました、痛みの治療だけを専門的に行うことはありませんでした。

ペインクリニックを研究していた兵頭教授は、新しくペインクリニック科を創立した大阪医大から教授として引き抜かれるような形で移籍しました。兵頭教授は京都大学時代から痛みの研究をかなり進めていたために、受け皿の大阪医大ではさっそくプロジェクトチームを作り、本格的に痛みの研究に取り組み始めました。

東京、大阪と兵頭教と山村教授は離れた地域にいましたが、お互いに綿密な連絡を取り合いながら、協力関係が続いていきました。二人は学会でも仲がよいことで有名で”痛み”の研究に関しては、日本で最先端の研究が進んでいました。

これまで、日本の医学界では”痛み”に対する興味は薄かったようです。「痛みなんて根性で我慢しろ」という雰囲気が強く、さらに「痛みはモルヒネを打てばいい」と軍隊式の考え方がまかり通っていました。”痛み”に対してこの程度の認識しかなかったようです。

考えてみれば、患者は痛いのはいやだから病院に来たのに、手術したらより痛みがますようでは患者のための治療にはなっていません。兵頭教授はいつも「人間にとって一番苦痛なのは痛みだ」と、口癖のように話していました。

痛みがなければ、病気にかかってもなんだ苦しみがないからです。足が右に曲がるが左に曲がるが、痛みがなければ日常生活は過ごせるのです。骨が変形して日常生活を送っている人をたくさん見かけますが、痛みがないから日常生活をこなせます。仕事も問題なくできるわけです。

しかし、頭が良いたければ仕事になりません。人間というのは痛みがあれば、仕事もできないし、日常生活も送りません。そうだとしたら、「痛みをとる研究をした方がいいだろう」という考え方が兵頭教授の基本理念にありました。
”痛み”とは頭のてっぺんから足の先まで、頭痛から心臓の痛みまで全てを含みます。

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